ボクノキモチ  
   

初めて君を見た瞬間、俺は自分の目を疑わずにはいられなかった。


失ってしまったはずの彼を…

彼の幻を見ているのかと……


そう思わずにはいられなかったのだ。

だから声を掛けた。
もしかしたら君が彼なんじゃないかと。

もしかしたら…


彼が何処かで生きていたんじゃないのかと。

そんな事は在り得ないのに。









きっかけはそんな事からだったのに、今はもう君はなくてはならない存在になっていて。
もちろんカズイの事は今でも忘れる事なんて出来なかったし、過去を忘れてはならないと思う。
彼と過ごした時間は掛け替えの無いものだったし、いつだって煌いていたから。
だから自分を支えてくれた過去を今でも大切に思う。

けれど、過去に縛られている訳では無くて俺は今を…

生きている。

きっとそれは君がいてくれるからだ。



「………リン?」

じっと見詰めたままで動かないのを不思議に思ったのだろう。
彼は首を傾げる様にして覗き込んで来る。

「ん?アキラは可愛いなーと思ってさ」

もちろん嘘では無い。
しかし、可愛いから見ていたのだと言うのは半分本当で半分違う。

君が隣にいてくれる事が幸せで…

君が隣にいてくれる事が嬉しいから。

だから見詰めていただなんて、どうにも照れてしまって口に出来ない。

「どうしてそう言う恥ずかしい事を………」

アキラはアキラで『可愛い』と言われる事に、未だ慣れていないのだろう。
顔を赤くして、そっぽを向いてしまった。
そんな仕草が可愛いのだと言うのに、彼にはどうにも自覚が無いらしい。

「だって本当の事だもん」

今は彼よりも少し高くなった背を屈めて、先程までされていたのと反対に覗き込む。
少し驚いた様に目を見開く彼をよそに距離を縮めていく。
お互いの息が僅かに掛かる。

でも彼は逃げない。

だから距離をもう少し縮める。
彼の睫がゆっくりと瞬いて頬を撫でた。

それでも彼は逃げない。

「アキラ……」

もしも君が逃げてくれたら止めようと思ってたのに。

君に触れるのが正直少し怖かった。

触れてしまったら、もっと触れてしまいたくなる。
触れてしまったら、もう今までと同じ様に過ごせなくなる。
触れてしまったら……


いつかまた失ってしまうんじゃないかと怖かった。

だから本当は逃げて欲しかったのかも知れない。
なのに君は逃げもせずに、正面から俺を受け入れてくれた。
拒絶されるかと少し思っていただけに、何となく意外に思ってしまう。

「………リン?」

首を傾げ、俺を受け止める様に腕を伸ばして抱き締めて来る。
俺から抱き締めると、あんなにも恥ずかしがっていたあのアキラが。
励ます様に。
勇気付ける様に抱き締めてくれている。
その気持ちが単純に嬉しくて、堪らなく愛しい。
過去に縛られたままだったらきっとこんな風に思えなかっただろう。
だけど……

今は違う。
だって俺はもう一人じゃ無い。
人を愛し愛される事は、決して悪い事では無いと思える様になったのだから。
その勇気を。
その一歩を踏み出す為に背中を押してくれたアキラが俺の隣にいてくれる。

「…キスしても良い?」

何度そう考えただろう。
でも口に出したのはこれが初めてだ。

言葉にしてしまった事で胸が苦しい。

もし、ここで拒絶されてしまったら…


そんな不安が胸を過ぎっては消えて良く。


それからどれだけ時間が過ぎたのだろう?
時間の感覚を失ってしまう程に随分と長く感じた。

しかし、その不安を掻き消す様に彼が笑う。
そして彼の手が、そっと頬を撫でて来る。
暖かくて柔らかな温もりが、俺の心を癒してくれている。

「そんな事…聞くのか?」

頬を赤らめながらも、俺を真っ直ぐに見つめていた。
俺もその顔を正面から見つめる。
どちらも視線を逸らさない。
どちらも逸らせないで見詰め合う。

「だって…言わないと後で怒るでしょ?」

何だかこんなやりとりがおかしくて、思わず笑みがこぼれた。
今まで抱き締められなかった腕で腰を引き寄せ、しっかりとアキラを抱き締める。
抱き締めた身体を通じて彼の体温を感じ、彼の匂いを感じる。
確かにアキラがここにいる事。
そして自分がここにいる事を実感出来た。

訳も無く涙が…
想いが溢れそうになってしまう。

言葉にするのはやっぱり照れ臭くて言えそうにない。
だから俺はアキラに触れたいと思うのかも知れないと、そんな風にふと考える。

「まあな…急にされたら多分」

彼は少し決まりの悪そうに苦笑しながらも、拒絶せずに抱き締められているままだ。
それを合意の印と受け取り、彼の唇に、そっと自分の唇を重ねる。

随分と昔、あの街…トシマで触れた時と変わらずに優しい感触。

とても穏やかな気分になれる様な気がした。


長めの口付けを交わして抱き締めあう。
覗き込んだ彼の顔はやっぱり赤かった。

そんな彼を本当に可愛いと思う。

大切だと思う。

守って行きたいと……


改めて心からそう思った。




誰も信じないと…

誰も愛せないと……


そんな風に思い込んでた俺を変えてくれた君を愛してる。



今はもう少しこの距離感で…

一歩ずつ君と歩んで行きたい。


だけど。


いつかその事を真っ直ぐに言える様になったその時は…



君はキス以上の事も俺の心も本当の意味で受け入れてくれる?
  written by 吹雪陵  
   



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